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Bo peep の NY

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カテゴリ:歴史の足取り ( 4 )

Greene Street(SOHO Manhattan)の名前の由来

マンハッタンミッドタウンは通りが東西南北、碁盤の目と旅行者にもなじみやすい街並みですが、ダウンタウン、下にくだるにつれ歴史的色合いが強くなる事も加味して、通りが複雑化し、それが街を味わい深くする要素となる場合もあります。知っている方も多いと思いますが、通りの名前の由来を、NYの歴史、強いてはアメリカの歴史を垣間見る事もある為、備忘録として記録。

パブリックアートや本屋で紹介したSOHOのGreene StはNathanael Greene, American Revolutionary War hero.とWikipediaで紹介されています。Wikipediaは本当に便利で広範囲の事柄が説明され、便利な時代の恩恵に感謝するばかりですが、個人的に注意している点は、どなたでも加筆訂正できる為、拡大解釈や間違いがなきにしもあらずで(現実にあった)、専門的な事柄や、自分にとって興味対象、大切な知識や指数、数字については、再度専門書や専門家の本で確認するようにしています。
Nathanael Greene(発音はこちら)↓
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American Revolutionary War=アメリカ独立戦争(周知でしょうが、イギリス植民地から独立する際の戦争)で、ロードアイランド出身クエーカー教徒のGreene氏は司令官として1776年のクリスマスイブTrenton(NJ州)でイギリス軍を破った事等で有名です。(The Namesake: Nathanael Greene, Revolutionary War general, who shared in the victory over the British at Trenton on Christmas Eve, 1776.”The Street Book” Henry Moscowより抜粋)
SOHOのGreene Stは軍人であったGreene氏の名前から。
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そしてTrenton(NJ州のトレントン)はあまり聞かない地名と推測しますが、NJ州の州都で(こちらで)メトロポリタンのアメリカンウィングにある↑有名な絵画がこのBattle of Trenton。
(2015年現在メトロポリタン美術館Gallery 760、表題Washington Crossing the Delaware,画家Emanuel Leutze )
絵画中にGreene氏を発見できませんが、迫力のある美しい絵で、メトロポリタン美術館アメリカンウィングお勧めの絵画の1つです。
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↑ワシントンとともに切手に描かれています。
上3枚の写真はパブリックドメイン。
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by Upstate11 | 2015-01-22 23:58 | 歴史の足取り 

Sir Winston Churchill Squareウィンストンチャーチル広場(ウエストヴィレッジ)

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セントラルパーク等、緑豊かで美しくやすらぎの空間があるマンハッタンですが、やはり大都市。地域によっては大きな公園を確保するのが不可能な現実。そんな環境でセントラルパーク程大きな公園ではありませんが”Square”は人々の憩いの場所。Union square、Madison square, Washington Squareは有名ですが、Villageに点在するひと休み空間もなかなか。

お気に入りの小さなSquareは英国の元首相、軍人、ノーベル文学受賞者作家、画家でもあり歴史家だったウィンストンチャーチル氏に敬意を示したChurchill Square。散歩に疲れた時、買い物袋やバックの中を整理する際に立ち止まる小さな広場。この広場はイギリス首相官邸で有名な住所“10Downing Street in London”と同様。チャーチルが数少ないアメリカ名誉市民であり英国首相だった事。母親がアメリカ出身に由来して彼の名がついた広場です。NYC管轄でこちらに詳細あり。
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チャーチルの愛犬は英ブルドックと思っていたのですが、実際はミニチュアプードルが愛犬だった事を知った時は驚きました。チャーチル氏が頑固で英ブルドックの性格同様だった為、ブルドック=チャーチルの印象が広まったのではないかとの事。(老年本人の風貌もどことなくブルドックを彷彿させるように思う028.gifのは私だけ?)
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才能豊かなチャーチル氏。個人的に好きな偉人です。(写真はパブリックドメイン)
10 Downing St
Sixth Ave and Bleecker St
(between Bedford St & Avenue Of The Americas)
New York, NY 10014
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by Upstate11 | 2014-01-24 23:55 | 歴史の足取り 

Manhattanの路地 Staple St (Tribeca)

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時に燻されたような建物が続くトライベッカの路地は、眩しいネオンが続くタイムズスクエアーやブロードウェイとは異なった歴史の趣。時がとまったようなAlley(路地)をみかけると、この場所はあと何年存在するかと思ってしまう自分です。

Staple Alleyの名前の由来ははっきりしませんが記録によると1810年代、この路地近くの土地を所有していたステ(エ)イプル(Staple)という人物名からの由来と憶測しています。
“New York City Designation Report For Tribeca”より
The original of the name of the street remains unclear. Since many of streets in the area were named for persons associated with Trinity church. It is possible that this was also the case for Staple Street. A likely namesake is John J Staples, who resided in 1799 in a large residence on Pearl Street. In the 1810s Staples owned property on Hudson Street just south of Harrison Street.
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Tribecaの歴史家Oliver E.Allen氏によると路地にみうけられるFootbridge(渡り廊下)はNew York Hospitalの建物をつなぐ為1900~1910頃に作られたとの事。現在建物はNYHではありませんが、今もなおNYHの刻印を建物上に見る事ができます。New York Hospital NYC(ニューヨークシティ)で一番古い病院。アメリカで二番目に古い病院。1912年にCornell university medical collageに統合。
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by Upstate11 | 2014-01-23 20:20 | 歴史の足取り 

Tribeca(トライベッカ)

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TribecaはTriangle,Below,Canal(Street)から由来し、トライアングル(三角形)よりどちらかというと台形に近い形状で東西に走るCanal street下側にあるマンハッタンの地域名称。1970年代、土地開発業者(real-estate developers)によって命名されました。洋画好きならばロバートデニーロ=トライベッカ映画祭を思い浮かべる方も多いと思います。Lower Manhattan(マンハッタンの下側)はオランダ植民地時代から開かれた地域の為Upper Manhattan(マンハッタンの上)より史跡的な足取りがより多く点在し、碁盤の目に整備されている側とは異なった魅力ある地域です。
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Manhattanでありながら1970年はトライベッカ人口243と住居者数の少なさに驚きましたが、1980年は5101と増加。(Yale University Press“The Encyclopedia of New York City”より人口数抜粋)年々マンハッタン居住区として人口数が上昇しています。
↓American ExpressはUpstate NY バッファローが発祥地ですが、最初のマンハッタン進出はトライベッカ(Tribeca)でした。

アスファルト舗装が通常のNY州で、歴史の足取りを垣間見る“Cobblestone”(石舗装の道路)をみかける頻度が高いのもTribeca、Soho等の地域。街の楽しみ方は人それぞれでしょうが人種、文化、新旧が混然している歴史形成で発展したマンハッタン街並み探索するのも、乙なもの。

↓距離、方向、面積等正確性はありません、あしからず
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by Upstate11 | 2014-01-19 23:30 | 歴史の足取り